哲学の議論をわかりやすくまとめた導入本という位置ずけかな。


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内容的には薄っぺらい。だけど哲学の導入本としてはおもしろい本だと思います。
古代のソクラテスから、AIと話しもバラエティに富んでおり楽しいです。
1つの話しが10分程度で読めるものになっていて、約30話あります。

そもそも、 哲学 は いったい 何 の 役に立つ か。 自分 が ふらふら し ない よう に なる ため に 役立つ。

この話しは、いつも考えていたものだったので、そうなのかと納得しました。
序文より。

存在に関する議論も楽しかった。

「 音」 は 聞く 人 が い て はじめて 定義 さ れる。 木 が 倒れる と、 空気 が 振動 し て それ が 私 たち の 耳 に 音 として 認識 さ れる。 だから、 それ を 聞く 人 が その 場 に い なけれ ば なら ない の だ。

このカントの話はとてもおもしろい。
つまり、森に誰もいなければ、木が倒れる「音」は誰にも認識されないから、その「音」はなかったもいっしょということなのか?。

もし 私 たち が 生涯「 歪ん だ レンズ」 を通して 世の中 を 見 続け て いる の だ と すれ ば、 目 の 前 に 見え て いる 現実 が 実際 とは 違っ て い ても、 それ を 知る すべ は ない と カント は 指摘 し た の だ。

知覚の議論だが、これもおもしろい。つまり「歪み」に気づかなければ、ずっと、それを真実と思うということなのか。

分類の話しでおもしろい議論が出てきた。

  一 五 〇 〇 年 ほど 前 に 仏教 が 日本 に 伝え られ た とき、 四つ 足 の 動物 を 食べる こと を 禁じる 習慣 も もち 込ま れ た。 特定 の 四つ 足 の 動物 を 好ん で 食べ て い た 日本人 は 頭 を 働かせ、 とくに 好ん だ 二つ の 動物 の 分類 先 を 変える こと で 問題 を 回避 し た。   こうして イノシシ は「 山 クジラ」 となり、 野ウサギ は 鳥 の 一種 に なっ た。 イノシシ は クジラ の よう な 味 が する とさ れ て い た し、 野ウサギ の 耳 は 翼 に 見え なく も ない( 少し ばかり 都合 の よす ぎるこじつけに 思える が)。

なんで猪を食べていたのか気になっていたから、これで解決した。

自分の行動は、自分の意思によるものかの議論も楽しい。

経験 は 私 たち に はっきり こう 教える。 人間 が 自分 を 自由 だ と 信じる のは、 自分 の 行動 は 意識 できる が、 その 行動 が なさ れる 原因 について は 意識 でき ない からに すぎ ない の だ と    スピノザ

スピノザは、さらに、こう言っている。

私 たち に 自由意志 は なく、 脳 が 私 たち を うまく だまし、 自分 で 決め て いる よう に 思い込ま せ て いる という こと で ある。

ショーペンハウアーのこの話しも楽しい。

  アルトゥル・ショーペンハウアー( 一 七 八八 ~ 一八 六 〇 年。 主著『 意志 と 表象 として の 世界』) は、「 人 は 自分 の 望む とおり の こと を できる が、 自分 が 何 を 望む かを 決める こと は でき ない」 と 言っ た。

性格の議論については、実存主義の議論に賛同する。

  性格 は 行動 の 積み重ね によって 形成 さ れ て いく もの で、 あなた という 人間 は、 いま この 瞬間 まで 積み重ね られ て き た 行動 によって 築か れる という のが 実存主義 の 考え方 だ。

悪についてのこの議論はとても楽しい。

  イギリス 国教 会 の 牧師 で 経済 学者 の トマス・マルサス( 一 七 六 六 ~ 一八 三 四 年。 主著『 人口論』) は、 悪 は 私 たち を 行動 に 駆り立てる ため に 存在 し て いる と 考え た。   私 たち は 悪 を 避ける か、 正す か する ため に 何らかの 行動 に 出 なけれ ば なら ない。「 悪 は 絶望 では なく 行動 を 生む ため に 世の中 に 存在 する」 と マルサス は 言っ た。

人が幸せになれるかどうかは心の中の問題である。
ショーペンハウアーの話しが楽しい。

グラス の 水 は「 まだ 半分 ある」 のか、「 もう 半分 しか ない」 のか   水 が 半分 入っ た グラス を 見 て「 まだ 半分 ある」 と 考える 人 が 楽観 主義者 と 定義 さ れる。 悲観 主義者 は 同じ グラス を 見 て「 もう 半分 しか ない」 と 考える。   こうした 見方 の 差 は 幸福 度 に 大きな 違い を もたらす が、 人生行路 にも 違い を 生む かも しれ ない。

それが善か悪かの判断は、カントの議論を支持したい。

「それ が 自分 の 身 に 起こっ て ほしい か」 という 基準 で 善悪 を 判断 する 方法 も ある。 もちろん、 人 によって 優先 順位 や 好み は 違う ので 絶対 確実 な 方法 では ない。 しかし、 判断 の 土台 には なる。   これ は「 黄金律」 とも 呼ば れる もの で、 古代 バビロニア 以来、 多く の 哲学者 や 宗教家 に 支持 さ れ て き た。

賛否両論はあるだろうが、結果で判断してしまう方法は少し怖さがある。

2020 7/10
令和2年 116 冊目
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