檸檬は爆弾で、丸善は世界なのか?。

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先日、学生時代の友人から、梶井基次郎の「檸檬」を捨てていったのは、
京都のジュンク堂か丸善かどっちだという質問がきた。

うーん、忘れた。
というのも、ジュンク堂がコロナのせい?で閉店した。
それと関係しているようだ。
もし、ジュンク堂なら、「梶井基次郎が泣く」というのである。
それはない。すでに故人である。

ということで気になって再読してみた。
今回は「檸檬」だけだ。
これなら10分で読める。

正解は「丸善」だった。
友達は、これでぐっすり眠れると喜んでくれた。

―― 錯覚 が ようやく 成功 し はじめる と 私 は それ から それ へ 想像 の 絵具 を 塗りつけ て ゆく。 なん の こと は ない、 私 の 錯覚 と 壊れ かかっ た 街 との 二重 写し で ある。 そして 私 は その 中 に 現実 の 私 自身 を 見失う のを 楽しん だ。

主人公は町を歩きまわるのだが、冒頭のここを読んでもわかる通り、少し精神状態がヤバい。
それにしても、錯覚に想像の絵の具を塗り付けるとか面白い発想である。

果物屋で「檸檬」を買うのだが・・・

 いったい 私 は あの 檸檬 が 好き だ。 レモンエロウ の 絵具 を チューブ から 搾り出し て 固め た よう な あの 単純 な 色 も、 それから あの 丈 の 詰まっ た 紡錘形 の 恰好 も。

レモンイエローの絵の具という比喩がいい。色が浮かんでくる。

主人公は檸檬を握りしめで町を歩く。

そこである悪戯を考える。

 ―― それ を そのまま に し て おい て 私 は、 なに 喰わ ぬ 顔 を し て 外 へ 出る。――

そんなの意味がないと思いきや・・・
ラストにこんな文が続く。

丸善 の 棚 へ 黄金色 に 輝く 恐ろしい 爆弾 を 仕掛け て 来 た 奇怪 な 悪漢 が 私 で、 もう 十分 後 には あの 丸善 が 美術 の 棚 を 中心 として 大 爆発 を する の だっ たら どんなに おもしろい だろ う。

ようするに、ちょっとした憂さ晴らしをしたのである。
それだけの話しなのに、何故か共感する。
それは、私の心の中にある破壊衝動が刺激されるからだ。
理路整然と並んでいる美しい本の配列を見ていると
乱してやりたいという欲望が心の底のどこからか湧き上がってきて
そういう一瞬の感情を梶井は「檸檬」で表現したかったのかなとか思ってしまう。

丸善か、ジュンク堂か確かめたかっただけの読書なのに
たった10分で、すごく楽しめた。
これは楽しい読書体験だった。

2020 7/4
令和2年112冊目
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檸檬 (角川文庫)
梶井 基次郎
KADOKAWA
2013-06-25