思春期の少女の焦りや葛藤が生々しく、まるで最初の頃の桜庭一樹さんの小説のような激しさを感じた。私はこの小説を推します。



IMG_0168


宇佐見りんさんは文藝新人賞の受賞者だ。
この作品は第二弾。
この人は、少女の内面に巣くう葛藤やら焦りやらを生々しく表現できるという武器を持っている。それは受賞作でも感じたが、この作品でその感性はさらに進化していた。
まるで、桜庭一樹さんの一連の少女を主体にした小説群のようであり、読み始めると最後まで目が離せなかった。

アイドルの推しの話しである。
このモチーフはすでに少し色褪せている気もするが
それは地下アイドルと、そのファンという角度からの切口が大半で
本作のアイドルはメジャーアイドルである。
故に、ファンとの関係性はさほど強くないと思いきや
彼女たちにとって、その距離なんかあってなきもの
AKBの総選挙のようなシステムがあり、課金に勤しむその姿は
まさに現在という社会を表現していると言ってもいいほどなのである。

主人公の高校生は、人間失格といっていいほど
何もできない人。勉強ができないのもあるが、やる気がもともとない
他人と仲良くしたり、社会性を身に付けたり
そんなことは考えてはいないのだ。

興味があるのは推しだけである。
彼女は推しているアイドルを名前でなく「推し」と呼ぶ。
彼女はアイドル「推し」を解釈しようとする。

あたしのスタンスは作品も人もまるごと解釈し続けることだった。推しの見る世界を見たかった。

ブログを解説し、そこで徹底した「推し」の解釈をしていた。
推しが彼女の人生のすべてだった。

彼女に「推し」のどこが好きなど聞くのは愚問だ。

理由なんてあるはずがない。存在が好きだから、顔。踊り、歌、口調、性格、身のこなし、推しにまつわる諸々が好きになってくる。坊主憎くけりゃ袈裟までに悔い、の逆だ。その坊主を好きになれば、着ている袈裟の糸のほつれまでいとおしくなってくる。そういうものだと思う。

これがいい。このたとえが大好きだ。「どれだけ好きなんだろ?」と思っちゃう場面です。

彼のコンサートに行く為に、CDを買うためにバイトにもせいをだす。

CDの包装を部屋で丁寧にはがし、投票権を取り出す。2千円の新曲CDを1枚買うごとに1枚付いてくる投票券を、これで15枚買ったことになる。・・・・10枚買うごとに好きなメンバーと握手できる・・・

知らず知らずに大人たちの世界に少女は入り込んでいる。
そんな彼女に、バイト先の大人たちは言う。

現実の男を見なきゃ
こんな言葉は彼女には通じない。
彼女にとって人生が全て「推し」なのである。

推しを推すとき、あたしというすべてを賭けてのめる込む時、一方的ではあるけれどあたしはいつになく満ち足りている。
実は、この感覚。金には換えられないものなんですよ。それは30歳過ぎてからわかるもの。
でも、大人たちは経験してきたはずなのに、他人のことになると常識人になってしまう。
これが大人と子供の世代間格差だと思う。
それを見事に、この作品は、この場面のこのセリフで言い表している。
これは見事だ。

彼女は、高校を中退するが、就活もせずにくだくだと暮らしている。
両親は心配し、こう言う。

「働かない人は生きていけないんだよ。野生動物と同じで餌をとらなきゃ死ぬんだから」
「なら、死ぬ」
この少女の反応もおもしろい。

恋愛と同じで、アイドルに夢中な子に他のことなんか見えない
将来のことなんかわかんない
親の心配は心に入ってこない。
彼女は「今」を生きている。全力で生きている。
そんな人間に「未来」とかはないんだ。
「今」がすべてで、「推し」が全てなんだ。
そして、それは一番の幸せな瞬間。

これは少女に、大人社会のルールを無理に押し付けようとする物語であり
それは、「推し」がアイドルを卒業することで
さらに、揺さぶられ、彼女自身の自尊心すら揺るがすことになるのでした。

ありがちな大人のルールに反抗する子供の葛藤劇なのですが
アイドルの「推し」という切り口で
そこに漂っていた少女の内面にまで一気に迫る
なかなかの秀作だったと思います。
この世界は体感する価値があると思います。



2020 7/12
令和2年 118冊目
*****

文藝 2020年秋季号
河出書房新社
2020-07-07



これより先はプライベートモードに設定されています。閲覧するには許可ユーザーでログインが必要です。