セカチューの二次創作かと一瞬感じたくらい。ありがちな恋愛病気ものだが迫ってくるものがあった。



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平場とは、この場合、平均的なとか庶民的なという意味なのだろうか?
そこから見える月。夢みたいなもの。
それは儚くて切ないものなのです。

50過ぎのおっさんとおばさんが病院で再会して意気投合して
互助会みたいに互いを慰めあう。集まり二人で酒を飲む。
最初は、青砥の病気を励ますものだったが
彼女(須藤)が癌になり死んでいく・・・

同級生の恋愛、癌、死・・・
これは、もう、あれですよ<世界の中心で愛を叫ぶ>ですよ。

でも全然違う。恋愛の部分がピンとこない。
50にもなって惨めすぎる。家飲みとか、それは男同士の世界でしょと思う。
庶民というよりも貧乏でしょう。
この年代になると男も女もなくなるのかと思いきや
やることはやる。同棲までする。

だが、よくわからない理由で須藤は青砥の家を出て
また、一人暮らしを始めて、青砥は彼女の部屋にときどき泊るという
このルールがよくわからない

たぶん、一番混乱しているのは青砥の方だ。

須藤がアパートに戻った後に生じた、この先ずっと独りぼっちで立ち泳ぎで遠泳を続けていくような感覚・・・

この青砥の気持ちは理解できる

だから、須藤の検査の終わった日にプロポーズした
だが、須藤は「それは言ったらあかんやつや」と言って別れを切り出してくる。
じゃ、1年間のインターバルを置こうということになるが
この青砥の気持ちもわからない
とりあえず難題を先延ばしにしようという大人の打算なんだけど
その間、ずっと彼女を心の中で追い求めていて
その一年後に、もう彼女は死んでいたということを友達から聞かされるという
何とも言えぬ虚しさ

須藤は、その別れ話しの時も自分が悪いと言い続けた。
深読みすると、あの検査の時に、もう自分は長くないと知った
それで彼から距離を置こうとしたと解釈したいところだが
恋愛の感情というものは、かなり利己的で
そういう状態になったら、たいてい逆に彼にすがりたい
最後をみとって欲しい。ずっと近いにいてくださいと思うものではないのか

だが、小説としては、この別れが意味がある
この後にくる彼の切ない思いは、その別れによって生じるものである
1年後の復縁を期待している。彼女のことをとても愛している。なくてはならない存在だと気づく。
だが、その彼女が死んだことで、ぐっとくるわけだ。
演出として、この別れは強い。
心に打ち込む楔のようなものだ。

だが、どうしても考えてしまう
好きならずっと一緒にいるべきではないのかと
僕には、この須藤という女性がよくわからない

この須藤の妙なこだわりというのか感情が
不思議で予想外の化学反応を引き起こし
あの切ないラストへと繋がるわけです。

直木賞候補だそうです。
ぜひ、取っていただきたいと思います。
とてもインパクトのある。
何だかイライラするけど、これもありなんだなという恋愛小説でした。


☆☆☆☆☆ の 楽しい作品でした。
2019  6/19
令和 26 冊目