武藤吐夢@ BLOG

令和になって読んだ本の書評を書いています。 毎月、おすすめ本もピックアップしています。

カテゴリ: 高田郁

人気シリーズも、これにて完結。スピンオフ作品ですが、ファン必見なのですよ。


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これで打ち止めであります
本編とは違い、本書は特別編。なので、スピンオフ作品となっていまして、でも、物語の中心に料理があるのは一緒です
主人公が4話とも違います


花だより 愛し浅蜊佃煮
涼風あり その名は岡太夫
秋燕 明日の唐汁
月の船を漕ぐ 病知らず

最初の話しは、つる家の店主種市が死ね前に最後に一度だけ澪に逢いたいということで
江戸から大阪に旅する話しなのですが、とんだ東海道中膝栗毛になるコメディ
種市自ら作った土産の
浅蜊佃煮の運命が気の毒

岡太夫の話しは、澪と恋仲だった小笠原こと小野寺の妻の話し
澪の存在を知ってしまうのだが・・・
ここで義母が作ってくれた
岡太夫という料理が・・・夫婦の絆を深めてくれるという
とても良い話しなのでした

このシリーズのファンなら、野江と又次の関係が気になるはず
そこには秘めたる恋物語があったのではと・・・
唐汁の話しは、二人のなりそめのエピソード
若いころ、廓を抜けようとした野江を又次が助け温かい唐汁を飲ませた
そして、大人になってから、ケガをした又次を野江が庇うのだが
そこに二人の関係が出来上がるのです

又次が野江に向かって吐いた言葉がいい

何にも恐れることたぁ無い、あんたが大門を出る日まで、俺が守る。生命に替えてもな

野江は、又次との間に何もなかったと言っているが、こんなことを男の人に言われて
ホレぬ女はいないのではないかと思います

最後の 
病知らず の話しは、澪が主人公です
夫である源斉医師が病気になり寝込んでしまいます
何を作っても食べてくれません
流行病の前で、先生は無力でした。たくさんの患者さんを死なせてしまった
そんな彼の食欲、気力を取り戻させるのも食べ物
江戸育ちの先生が、食べ物のホームシック状態にあることに気づき母親から味噌の作り方を伝授してもらい江戸風の味噌を作り、それで味噌汁をという話しです
大阪と江戸では、食文化がまったく違うので、そういう点は大切なのです

ラストシーンで、種市たちがやってきます

お澪坊、俺ぁ、お澪坊に会いたくて会いたくて、とうとう来ちまったんだよぅ

これが みをつくし料理帖 らしいということでしょうか?
傍らには、坂村堂と清右衛門もいます

来年の秋には映画公開
年末には、NHKのドラマ特別編

澪役は、映画が松本穂香さん
ドラマは、黒木華さん
二人とも好きな女優さんなので、どんな澪を演じるのか今から楽しみです
長かったようで、短かった11冊
少しだけ名残惜しい気がしますが、とにかく、このシリーズは名作でした
おすすめの作品でございます



2019  10/19
令和 91冊目


最後の野江の身請けのシーンは鳥肌がたった。もう、これで終わりかと思うと悲しい。




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シリーズ最終章、10巻。
当然のことながら、すべての伏線を回収していきます
若旦那佐兵衛の犯した罪とは何か?
そこに一柳の店主への冤罪がからんできて
ついに、宿敵登龍楼が潰れる

その契機となったのが、心許しの蛸飯
これは澪のいた天満一兆庵で宿下がりの奉公人に出されたお重でした
これを死にかけている富三という、若旦那を陥れた卑怯者の為に作ります
蛸飯を食った富三は、澪に文を託す
そこには登龍楼と富三が組んで若旦那をはめた悪事が書かれていて、どうして若旦那が自分は料理人失格だと思っていたのかの理由がわかるのです

料理が人の心を動かした
わかる気がします

つる家の料理リネーミングがおもろしい
今回、出てくる山の芋の料理なのですが
親父泣かせ
これ、自然発生的に名付けられたというのだから、何かすごい
どんな料理なのか気になり食べたくなりますよね

酢が、皿の表面の釉薬を溶かし源斉先生の母親が寝込むシーンがありました
昔の皿はそういうことがあったんですね
毒が滲み出てくるって怖いですね

これは、ふきのミスでした
そんなふきへのアドバイスが良かった

料理にとって「お美味しい」というのは、とても大事。それよりも、もっと大事なのは、「身体に害がない」ということ・・・
 これ当たり前のことだけど、きちんと考えている人は少ない。有名パティシエの作るXXのXXなんてのは甘すぎて糖尿病患者には毒です

 いよいよ、野江を身請けする話し
 澪は、自分の料理の特許(作り方レシピ)を4000両で売却することで、あさひ太夫こと野江を身請けすることに決めた

 その時、澪の想い人で医師の源斉がこんなことを言う

・・・太夫をあなたが身請けすれば、それは太夫にとって吉祥であると同時に、一番の枷となるでしょう

 女が女を身請けすることで、江戸中の噂さになり好奇の的になるのだという・・・

 そこで考えたのが、生まれ故郷の大阪に引っ越すこと
 しかし、江戸で知りあったつる家の面々やご寮さん、親友の美緒とも離れることになるのだ
 これは辛い

 最後の場面、野江が身請けされていくシーンが感動的で、全身に鳥肌がたった
 遊郭の面々の見送る行列の先、野江を身請けする人たちが待っていた
 半纏に、高麗橋淡路屋とある
 この店は、野江の実家であった 

 高麗橋淡路屋の正体が太夫の生家と判明して、手で口を覆う遊女が幾人も見受けられた。客にではなく、生まれ育った実家に身請けされるという吉祥。それがどれほど嬉しいことか、遊女らの様子から察っせられた

 最後の場面で号泣でした
 ハンカチなしでは読めないシリーズでした
 まだ、特別編が残ってます
 あと、1冊

2019  10/11
令和 87冊目
☆☆☆☆☆ 


天の梯 みをつくし料理帖 (ハルキ文庫) [ 高田郁 ]
天の梯 みをつくし料理帖 (ハルキ文庫) [ 高田郁 ]

ご寮さんの結婚という慶事の後、鼈甲珠を吉原で売るという試練が澪を一回り成長させるのだった。


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江戸時代と現代では、かなり食べ物の価値観が違うらしい
 卵の値が高かったのには驚いたが、安価なイメージのあるカマボコがなかなか庶民の口に入らない贅沢品であったのにも驚いた

 板つきのを丸々食べたいと言っていた常連の老人の話しを聞き澪は自分で作ろうとする
 江戸時代は分業が盛んで、1つ1つの職業に熟練の技があった
 例えば、銀二貫という高田さんの作品では、寒天作りで苦労する様が描かれていたりする
 本作では、澪がカマボコ作りに苦労する。歯ごたえがいいのが作れないんですね
 試行錯誤し、医師の源斉の助けを得て完成させるという話しでした
 蒲鉾を食べて種市が一言

 思ったとおりだ。こいつぁいけねぇ。全くもって、いけねぇぜ、お澪坊

 最高に美味なのである。

 さて、この蒲鉾をいつ店に出すかで揉めます
 今、出したのでは料理番付に影響されないから、年明けに出そうというのです
 この蒲鉾料理で大関位の登龍楼と勝負しようと種市は思うのですが
 そんな店主を戯作作家の清右衛門が叱ります

 この大馬鹿者めが
 ・・・さほどに、番付に拘るなど愚の骨頂。浅ましいにもほどがあるわ。料理は生き物だ。季節が移ろえば同じ味ではなくなる。お前は店主を勤めながら、それすらもわからぬのか

 この助言を受けて、番付は諦めて、すぐに、蒲鉾の新作を店に出す店主でした

 看板娘の老女りぅさんもこんなセリフを吐きます

 目先の商いにとらわれることなく、料理というものを何よりも大事にする。それがつまりはお客を大切にする、ということですからね
 これが澪の働く つる家 という料理店のポリシーだった
 お客さまのことを第一に考える店
 こういう良い店だから、良い人が集まり、皆が彼らを助けてくれるのです。

 今回のメインは、ご寮さんの嫁入りであるのですが、この話し綺麗にまとまりすぎていて、あまり感情を揺さぶられなかった

 それよりも最後の話し、親友の野江の為に澪が2か月間、つる家を休んで 遊郭街の吉原で鼈甲珠という料理を売る苦労話しがおもしろい

 鼈甲珠は、鼈甲のように輝く卵の黄身を使った澪の考案した料理である
 実は、料理対決で登龍楼の主に披露したのだが、それを真似されたのだ
 これを吉原で売ろうとするのだが、吉原には吉原の掟があり拒絶される
 野江の雇人で吉原の顔役の旦那に頼み、店先を借りることに
 60文で売るつもりだったが、登龍楼が200文なので澪も200文にする
 60文では、澪の料理が登龍楼の偽物と思われるからだ
 ターゲットは女性客。桜祭りでの販売なので、立ち食となる
 歩きながら食べる、オシャレな容器が必要
 そこで貝殻を容器にし、そこに黄金色に輝く鼈甲珠をというオシャレな販売方法を考えて
 それが見事当たるという話しだが
 この話しが良く出来ていて夢中になった
 やはり、高田さんは不幸ものを書かせると上手だ
 その苦難に打ち勝った時の爽快感は格別なものがある

 さて、みをつくし料理帖も、これで9巻。残り2冊となった
 次が、どうなるのか、すごく楽しみなのです


2019  10/4
令和 84冊目






今回は安心して読んでいられます。一気に、御祝い事のラッシュです。




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前回とは変わって、今回は和のムードが漂っていて
とても読み心地が良い

恩人の料理人又次の死を引きずりながら生きる つる家の面々
その中でも、澪は特別な想いを抱いていた
彼女は、彼の最後の言葉を聞いたのだった

・・・頼む、太夫を、あんたの・・・あんたの手で・・・


幼馴染の野江こと、あさひ太夫を澪が身請けする
そういう約束だった。それを又次に託されたのだ
しかし、4000両という大金は簡単には手には入らない

料理番付1位でライバルの登龍楼の主から呼び出され
彼の店で働いてくれと頼まれた
「いくら出さして貰ろたらいいですか?」と問われ、思わず澪は4000両と答える
もちろん、相手に断って貰うのための無理難題だ
すると、登龍楼の主は、料理を1つ披露してくれと・・・

そこで、澪が考え出した料理というのが
麗し鼈甲玉
卵を味噌などに漬けて味付ける料理だが
隠し味として野江との思い出のこぼれ梅を使う

これは思わず食べたくなるような代物なのである
当然、美味なのだが、それを登龍楼は屁理屈を言って認めない
この場面がすごくおもしろかった
澪が登龍楼に料理人として勝った瞬間に思えた

行方不明になっていた若旦那の所在がわかり
坂下堂の父親で一柳の主の手助けで、ご寮さんと若旦那は和解し
その一柳の主と不仲だった息子の坂下堂まで和解という
和のムードが漂う甘ったるい雰囲気は、本書シリーズのこれまでとは異なる展開なのである

そして、最後に一柳の主とご寮さんの恋
これにはコケそうになった

今回は、脇役が活躍した
つる家の亭主の種市だ
このおひと良しだけが取り柄の老人の口癖が、前回までのどんよりした雰囲気を吹き飛ばすのだった

一柳の主の親友の結婚披露宴の仕出し料理を依頼された澪は
最高の昆布を使った絶品の昆布料理を完成した
それを口にした種市のいつもの台詞が場を明るくする

お澪坊、こいつはいけねぇ、白飯をくんな


そして、もう一人、忘れてはならないのが、つる家の看板娘のおりう婆さん
前半、ご寮さんの役割だった教師的な位置にいて
みんなに適切なアドバイスをする

倅と再会したのは良いが、なかなか会えないでやきもきしているご寮さんに対する助言が良い


子の幸せと親自身の幸せを混同しないことです。いっぱしに成長したなら、子には自力で幸せになって貰いましょうよ。そして、親自身も幸せになることです。ひとの幸せってものは銭のあるなし、身分のあるなしとは関係ないんです。生きていて良かった、と自分で思えることが、何より大事なんです



  この助言が影響を及ぼし、ご寮さんと一柳の店主の恋が実るという展開になるのだと思います

 二人のバイプレーヤーが、今回は物語の底で皆を支えて、全体を良い方向にかじ取りしていたのだと思いました。


2019  9/29
令和 81冊目
☆☆☆☆☆ 

あそこで又次を殺すのかよ・・・、そんなひどいことは現実には起きないぞ。



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ネタバレ注意!!

 澪と想い人小野寺との別れのシーンは秀逸だ

「その道を選ぶのだな」
「はい」
武家奉公もせず、御膳奉行の妻にもならない。想いびとと結ばれることもなく
・・・周囲の好意も踏みにじる。それでも自分は、その道を選ぶのだ
 そんな決意でのぞんだ料理人としての道
 なのに、想い人の結婚を知り、絶望し、澪は臭覚と味覚を失った
 料理人として、それはを意味することであった

 だが、澪にはつる家の仲間たちがいた
 店主は、2か月限定で助っ人料理人又次を連れてくる
 この態度の悪いが人情味の厚い男が、幼馴染の野江とのパイプのような存在から、次第に家族の一員のような存在に変化してくるところがいいんだ

 まずは、やれることをやろうと決意する澪は、食欲のない大工の頭に鯛のアラの料理を出す 
 鯛の骨には、9つの形のお宝がある。それを探す。福を探すにつながるという料理を出し
 大工の頭のような老人たちに提供し食べる楽しみを思い出して貰う
 料理を頑張れない代わりに色んなことに手を出す澪は健気だ

 又次のレンタル期間も終わり、澪たちは彼を吉原に送っていく
 その吉原遊郭で火事が発生し
 又次は、太夫(野江)を救うべく駆け出した
 彼は密かに野江を好いている
 生命をかけて野江を救い出すのだが、火事は彼の生命を奪うのだ
 澪の目の前で、彼女の両親を奪った火事が、恩人の又次を殺す
 これが最終話の結末だ

 6巻で、澪は想い人との結婚を諦める
 そして、本書7巻では、その心痛で料理人としての大切な感覚
 臭覚と味覚を失う
 その最大の危機を救ってくれた。親友野江とのパイプ役恩人の又次をここで失う
 何て人生なんだ!

 いくら、何でも、このサディスティックな展開はやりすぎのように思う
 これは物語だ冷静になれと自分に言い聞かせても、容易には受け入れられん
 せめて料理人の生命である腕を失う程度で勘弁してもらえないかなどと甘いことを思ってしまう

 改めて女性作家の怖さを知った
 まるで、橋田壽賀子の作品のような
 この救いようのない展開に茫然と佇むしかないのです

 人を一番苦しめるのは、人かと思いきや
 理不尽な災害なのだと思い知らされるのでした
    災害の前では、人はこんなにも頼りない存在なのかと改めて思うのです
 又次の死は本当に残念です



2019  9/24
令和 79冊目

最初から、彼女がどんな選択をするのかはわかっていたが、心臓に悪い。辛すぎた・・・。


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ネタバレしています

 澪が常連客の小笠原。本当は、御膳奉行の小野寺を好きなのは周知のことなのですが
 今回は、一気に二人の関係が進展する

 最初の話しは、坂村堂の父親の有名料理店店主から
 こんなアドバイスを受けるというものだった

 ひとは与えられた器より大きくなることは難しい。あなたがつる家の料理人でいる限り、あなたの料理はそこまでだ

 名人の金言は重い
 澪の心は揺さぶられる

 次の試練は、吉原の楼主伝右衛門から届いた良い話しだった
 吉原で天満一兆庵を復活させないかという
 遊郭街吉原の料理は高級でまずい
 そこに澪が進出するという話しだ。金にもなる。幼馴染の野江の身請けもできる
 そして、もう1つ、ライバルの登龍楼からは、支店を30両という破格の値で譲るという話し
 登龍楼には、フキの弟がいる。彼を返してくれるという、これも良い話しだ

 もはや家族になっていたつる家の店主やご寮さんは、澪の為を思って自分の利を度外視にしたアドバイスを送る。ここも泣ける・・・
 彼女の出した結論は、予想外の両方の話しを断るというものだった
 これは最悪の選択だと私は思う。ベストは吉原で天満一兆庵を復活だが
 つる家への恩が無視できないのであれば、登龍楼の話しに飛びつくべきなのである
 なぜなら、澪にとって妹分のフキと、その弟の別れ別れの状況と父親の残した借金の解消というメリットがあるからだ
 そのままって、ありえない。新天地でも、いくらでも料理人として進化できるのである。作者のこういう感覚は、私には少し受け入れずらいものだった

 この時、ご寮さんや店主が自分のことよりも澪を大切にしているというのは十分に伝わった。その間に挟まったような状態になり彼女も苦しんだんだ

 そして、怒濤の最終話へと繋がる
 すべては、この話しの伏線だと言っても良かろう
 火事騒ぎのせいで、火が使えるのが御前中の数時間となったことで、弁当屋のような形で営業することになるつる家。
 その余った午後の時間を使って、早帆という武家の奥方に料理を教えるのだが
 彼女は、澪の想い人小笠原(小野寺)の妹で、二人の気持ちに同情しくっつけようとする
 母親を説得し、何と澪を小野寺の妻として認めさせる。小野寺からもプロポーズされる


「ともに生きるならば、下り眉が良い」


 小野寺は、御膳奉行であるから、澪はどこかの武家の養女となり花嫁修業しなくてはならない
 それは料理がすべてであった彼女から、そのすべてである料理を奪うことだった
 つまり、料理か思い人かの二者択一を作者は主人公の澪に迫っているのである
 そんなものは選べるわけがない
 いったんは愛が勝つのだが、結論は最初から決まっていたと言える
 彼女から料理を奪うことは、それは死刑宣告と同じなのである
 澪と小野寺は、ロミオとジュリエットのごとく引き裂かれる運命なのであった

 読んでて、こんなの最初からわかってることなのにと思った
 それを優しい店主やご寮さんたちを巻き込んで、こんな試練をこの人たちに与える権利が、いくら作者であってもあるのかと思ってしまった
 この時点で、私も物語の一部に組み込まれてしまっていたのかもしれない
 読者がそういう反応をするように、色々と伏線をばらまいていたのだ
 実に、したたかだ。嫌らしい。でも、読まずにはいられない
 何てこったと天空を睨みつけ、第7巻を引き寄せるのであった
 何だか、すごいことになってきてるぞ!!

2019  9/23
令和 78冊目
☆☆☆☆☆   

心星ひとつ みをつくし料理帖 (ハルキ文庫) [ 高田郁 ]
心星ひとつ みをつくし料理帖 (ハルキ文庫) [ 高田郁 ]

種市の過去、美緒の親の言いなりの結婚と湿った話題が紙面を濡らす。


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 つる家の主人種市の壮絶な過去が身にしみる
 この場面だけ、作者の筆に山本周五郎先生が乗り移ったかのようであった
 復讐をしようと仇を見つける種市だが、落ちぶれた相手の顔と
 彼に頼り切りの幼い子供の姿を見て、殺すのを辞める
 こうでなきゃ、みをつくし料理帖じゃない

 今回は、何と言っても伊勢屋の一人娘の美緒の縁談だ
 相手が、番頭であるのには驚いた
 たぶん、伊勢屋さんは澪と源斉医師との間に恋愛感情があると誤解したのかもしれない
 はねっかえりの美緒は当然、家出をし抵抗するが
 彼女もまた、二人の関係を誤解し
 父親のいいなりになって婚姻してしまう
 澪は、そんな親友を案じながらも結婚式の料理を作る
 この時、出された料理が鰊の昆布巻き
 江戸では肥料だと思われている手に入りにくい鰊と
 よろこぶ。などの掛詞になっている昆布のコラボだ
 たくさんの手間をかけて仕上げていく澪
 そこには同じ恋する女としての想いが込められている
 彼女もまた、身分違いの旗本に恋していたのだ

 この短編の締めくくりの文章がいい

 想う人は違うけれど、ご縁で結ばれた相手と手を携えて生きていく、美緒さんはその覚悟を決めはったんや
 芳の言葉を思い返しながら、澪はずっと雨音に耳を傾けていた

 この雨音というのが、澪の複雑な心境を表している比喩だと考えて良いと思う
 澪は、同じ境遇の美緒に自分を重ねていた
 つまり、心の中で泣いていたのだ
 決して報われぬ小笠原との恋路
 澪の未来と美緒の結婚が重なって
 だから、とても虚しくて悲しくて切ないのだ

 それが好きな人と結ばれないということ
 恋が叶わないということ



2019  9/19
令和 77冊目

もう、どうにも止まらない。最後の料理対決には感動しまくった。



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 今回は、澪の想い人小笠原の正体が判明する
 幕府の御膳奉行だったのだ
 その母親がつる家(澪の店)で料理の勉強をしていた大店伊勢谷の娘美緒と
 料理人の美緒を勘違いしたことから話しはややこしくなる
 この短編の主題は美味しいの正体

 それは色んな要素からなるのだが、その中の1つを提示している

美味しい、というのはただ、味のみで決まるわけではない。その料理に宿る思い出も、美味しいという気持ちを左右するのだ。

 澪は、小笠原の母親の故郷の思い出である ははきぎの実 を使った料理を試行錯誤の上に完成する
 
「食とは生命を繋ぐもの。ははきぎの実は、飢えからひとを救う生命の糧でした。よもや食べ物の溢れるこの江戸で、このははきぎの実を食材にしようと思う料理人がいたとは」

 と母親の感動を誘うことになる
 料理にとって大切なのは、相手を思う心だったのだ

 小笠原の母親は、浮腫みという病である
 これには、 ははきぎの実が薬となる

 口から摂るものだけが人の身体を作る


 この澪の考え方も素晴らしい。

 最終話では、料理対決となる。
 これは今年の料理番付1位を争うガチの勝負だ
 食材は、澪の苦手な鰆
 試行錯誤するがうまくいかない
 瓦版を読み、御膳奉行が腹を切ったと聞いて動揺し手を怪我をする

 そんな時、昔からの常連の老人が勝負を聞きつけて上質の昆布を置いて行く
 小笠原の母親から、活きの良い鰆がとどく
 鰆を刺身にすると美味と気づくが、されど、それでは料理対決にならん

 たまたま、そこにあった昆布で鰆の刺身を巻いてみた
 食べると美味
 寒鰆の昆布締めの完成だ

寒鰆の脂と昆布の旨味とが舌の上で絡み、縺れ、やがて心地よく溶けていく

 これはどんな味なのか食べたくなるような料理の描写
 この料理が完成したのは、言うまでもないが客や小笠原の母親の澪を応援する想い
 それと澪の知識やセンスや美味しいものを創り出したいという想いとが重なって完成したコラボ作品なのだ

 この短編の主題は言うまでもない。人間のありかたを問うている
 人は一人で生きているのではない。そういうことなのだと思う



 2019  9/16
令和 74冊目

料理人にとって、一番大事な道具をこの扱いだ。ろくなもんじゃねぇ。


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シリーズ三作品目です。
まず、冒頭の話しが気になった
若旦那の店で働いていた料理人が見つかった
彼が話すには、若旦那は吉原の女に入れあげて
ついには女を殺してしまったというのだ
その話しを聞いて、ご寮さんは寝込み
その穴埋めとして、その料理人がつる家に手伝いに来てくるのだが

料理人は、自分の商売道具の包丁をずさんに扱う
何か気持ち悪いと客は言う

又次が味見をして呟く
「あんたみたいな料理人は、この味を知らねえだろうな。切れ味もそうだが、臭い移りもある。手をかけてない包丁で作ると、料理自体がこんな気持ち悪い味になる」
「料理人にとって、一番大事な道具をこの扱いだ。ろくなもんじゃねぇ。」
 料理人は結局、ご寮さんから調査費だと簪をだまし取り
 それどころか、若旦那を罠にはめて破滅させたというのがわかる

 ここに、この作品を貫通する思想のようなものを感じる
 プロ意識だ
 プロ意識のないものは信じられない
 そう作者は言いたいのだろう
 料理人が、てめえの商売道具の包丁を錆びさせるなんて、それは料理人失格なのだ

 最終話、ふきの弟が家出をした話しにも触れておきたい
 奉公先での修行が厳しく逃げ出した。つる家の主人は不憫に思い店で引き取ろうとするが、ご寮さんが反対する。
「奉公始めは一番大事な時だす。六つ七つの子ぉが奉公先が辛いから逃げる。いうんはようあることだすのや。けれど、その尻拭いを他の者がしたのでは、これから先も嫌なことから逃げ出す一生になってしまいますやろ」
 辛抱と精進。ひとの生涯の宝となるそれらを身につけさせるのも大人の務めと思うと芳は言葉を結んだ。

「私も健坊と似た境遇だからわかります。甘えさせてもらえるなら際限なく甘え、優しくされるのが当然になる。そうなってしまっては駄目なんです」

 小さい子供に対して厳しすぎるとも思わなくはないのですが、昔の子供は、このようにして子供の頃からプロの職人になる教育を受けていたということなのでしょう



2019  9/8
令和 68冊目
☆☆☆☆☆   


澪という名前には、身を尽くすという意味が隠れていたのです。


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このシリーズを読もうと思ったのは映画化の話しを聞いたからだった
この本は、
みをつくし料理帖シリーズ2巻である

まず、印象に残ったのは「花散らしの雨」という作品だ
この作品には絵になるシーンがある
前回、澪の絶体絶命のピンチに10両の金を貸してくれた幼馴染の野江
彼女は吉原という遊郭で太夫の地位にあった
その彼女が客のふりまわした刃物でケガをしたというのだ
ひょんなことから二人が子供の頃に菓子として食べていた味醂のかす(こぼれ梅)が手に入る
桜祭りで女性にも開放されていた吉原に澪は行く
吉原の料理人又平に「おめえさんの姿を1目なりとも太夫に見せてあげたい」と懇願され
澪は店の前の桜の木の前で立っている
二階の障子が少し開く、野江ちゃんが見ている
二人が子供の頃に遊んでいた手を狐の形にしてコンコンとやる
涙なんか来ん来ん 
涙なんか来ん来ん 涙なんか来ん来ん
泣くな、頑張れ、元気になれ!
見ることもできない声をかけることもできない親友を勇気づける
いきなり雨が降り
そこでフェードアウトしていく場面
このシーンは、実に絵になる。ぜひとも映画で使って欲しい場面である

澪の料理人としての才能を感じさせるエピソードを1つ
上方ではタコは夏にも食べるが江戸は冬に食べるもの
その価値観を逆転させて、胡瓜とタコの酢のものを出す
ありえない料理なので自然と料理名が「ありえねぇ」となり評判になるが
何故か武家が残す。武家の客がこなくなる
理由が判明。胡瓜の切断面が徳川の紋所である三つ葉葵に似ていることから
それを口にするのは憚られるということだった
そこで澪は胡瓜の替わりに瓜を使う料理を考案
彼女は、瓜をわざと店の表に干す
この干した瓜の触感がパリパリなのだ
それを見た武家が胡瓜だけでなく瓜もあるのだなと客足が戻るという
ここに澪の料理人としてのセンスの良さが見て取れるのです

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つる家を手伝ってくれている隣家のおりょうさんの息子太一が麻疹になった
澪とご寮さんは、おりょうさんとともに太一の看病にあたる
ちょうど、この時期、おりょうの亭主の伊佐治は大工として一本立ちして大切な仕事を任されていた
おりょうが麻疹になり死にかける
その時、伊佐治は仕事を休もうとする
ご寮さんは、ここは自分にまかせて仕事にいきなさいと言うシーンがある
もし、あなたが自分の為に仕事を休んだと後でおりょうさんが知ったら、どんな気持ちになると思いますか?
とご寮さんは伊佐治を説得する、このシーンがかっこいい
これは江戸時代である。もし、現代で伊佐治が私なら「はい、有給取ります」となります
だが、江戸時代、伊佐治は仕事の責任者なのである
彼は家族の大黒柱であり、彼の仕事が失敗すると家族は路頭に迷うという背景があるのだ
故に、伊佐治は死ぬか生きるかの女房よりも仕事を優先する
これが伊佐治のプロ意識なのである

先日、美容院で隣の客のおばさんが
ある男性の議員が妻の妊娠発覚で育休をとると言った
その発言に対して「プロ意識ないわ。私なら、あの子には投票せんわ」と言っていたのを聞いた。
それはおかしいと思った。育休も有給も私たちの権利なのである。誰かに迷惑が掛かろうが仕事が遅れようが妻が死にかけたりしたら休むのである

さて、そんな有給は絶対に取る私が、このご寮さんの説得に感動し涙するのは何故か
このシーンに熱くなるのは何故か
その背景には、プロ意識を持った父親世代祖父世代に対する尊敬
失われた昭和世代に対する仕事の情熱の熱量への憧れがあるのだと思う

もちろん、それは何かを犠牲にして獲得した職人の技術ではあるのだ
妻が専業主婦をし夫を全面的に支えた結果なしえたプロ意識なのである
今はそんな時代じゃないが、だからこそ、それを凄いと思う部分が自分にもあり無意識に反応するのだ

太一のために、仕事を遅らせて何か料理を作っていこうとする澪をご寮さんがしかるシーンがあります

「お銭出して料理を食べてくれはる人に、下手な言い訳をしたらあかん。料理人の勝手な都合は、料理にも、ましてやお客さんにも全く関係のないことなんやで」

 ここでも澪に料理人としてのプロ意識を問うているのである。
 
 さて、主人公の女料理人。この澪の名前の意味が医師の源斉の言葉から明らかに

「澪さんの場合は、料理に一心を身を尽くす、その生き方と重なります」
「身を尽くす・・・」
「そう、身を尽くす。そのひたむきな生き方が、人の心をとらえるのだと思います」
 この物語のタイトルは「みをつくし料理帖」
 つまり、これは料理人としてのプロ意識についての物語なのです
 料理に身を尽くすということなのです



2019  9/3
令和 64冊目
☆☆☆☆☆   


花散らしの雨 みをつくし料理帖 (ハルキ文庫) [ 高田郁 ]
花散らしの雨 みをつくし料理帖 (ハルキ文庫) [ 高田郁 ]



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