訳者が違うと、イメージがまったく違ってくる。この本は、極上のコメディだ。


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学生の頃に岩波文庫で読んだ時は「しょうもない。退屈だ・・・」という印象を抱いた
今回、岩波には収録されてなかった「査察官」を読むために、光文社古典新訳文庫で読んでみた
すると、テンポがいい、登場人物は生き生きしている、おもしろい
気がつくとページをめくる手がとまらない
特に「査察官」は笑い転げてしまった

古典で「笑う」など考えてもいなかっただけにびっくりした
落語風の翻訳というのが良かったのかもしれない


私は、海外文学が苦手だ
だから、よくわからないので人に聞く
それは外れくじを引きたくないからだ
で、今回も聞いてみたら「査察官」だけを読めばいいと、知人からメールが返ってきた
彼は、ロシア文学に精通している人なのだ
ロシア文学は重厚で、その構えに価値があり、社会風刺的で・・・と彼は私にレクチャーしてくれた
光文社古典新訳文庫は軽く、何故、落語なのか理解不能?
 ゴーゴリを冒涜している。それから君、ゴーリキではなく、 ゴーゴリだ。ZOZOとは一切無関係なのだと私の誤字脱字まで指摘してきた
人によっては、岩波のあの読みずらい訳を「格調高い」「重厚な」と評価するのだとわかった
つまり、自分に合うかどうかなのだ

本書の落語風は、例えば、こんな感じだ

フレスタコフ   何 を バカ な、 休む だ なんて。 まっ、 いい か、 それ じゃ、 休ま せ て もらい ましょ う。 みなさん、 こちら の 食事 は 結構 でし た よ……。 結構 毛 だらけ、 猫 灰 だらけ…… いや、 じつに 結構 でし た。( 歌う よう な 口調 で) 鱈・の・塩・漬け ー!   タラ・ノ・シオ・ヅケー!. 

こういう感じの軽いノリなのだ
私は嫌いではない
むしろ好きだ

ネタバレ注意!!

「査察官」は、かんちがい からくるドタバタ劇だ
ある町に、査察官がやってくるという噂さが流れ、全くの別人が誤解され町の重役たちに接待されまくり、金をもらい、市長の美人の娘と婚約という…やりたい放題をして彼は消え去る
ラストは、本物の査察官が現れて皆、凍り付くという話しだった。
郵便局長が彼の出した手紙を確保し中を盗み見て偽者だとわかる。町の人たちを罵倒しまくっている。かなり辛辣な表現で罵倒しまくる。
当然、街の重役たちは権力者である査察官に気にいられて、自分の不正を目こぼしして貰おうと接待したのだ。これは社会風刺文学なんだろうが、古いロシアのことなんかわからない現在の読者からすると、これはコメディだ

「鼻」は床屋で鼻をもがれた小役人の話し
鼻が勝手に活動するという理不尽な話しだが
真剣に鼻と接触しようとする主人公の気真面目さが笑える

「外套」は一番の傑作だと思う
たかが服に必死になる主人公
ケチ臭い話しなんだ。ボーナスと半年間の倹約でどうにか手に入れる外套を強盗に盗まれ
訴えても上の人は無視に近い扱いしかしてくれない
死んでしまい。幽霊になってまで外套を・・・
何かホラーなのかコメディなのか、よくわからない話しなんだけど、この外套が何を意味しているのかが問題だ。単に、身体をロシアの極寒より守ってくれるモノなのか、それは金を象徴するのか、それとも政治システムなのか、家族なのか?
いずれにしても、苦労し手に入れても一瞬で奪われて、それは死へと繋がっていく現実は笑えるものではないのに、話しが面白くて笑ってしまうのだ

解説に、査察官について、こんなコメントがあった

 のち に ゴー ゴリ の 言 に よれ ば、「 何 よりも 公正 さが 要求 さ れる 場所 と 機会 に 見 られる ロシア における 一切 の 悪しき もの を 十把一絡げ に 笑い飛ばし て やろ う」. 

やはり社会風刺が目的のようだ。

ゴー ゴリ の 笑い については、こう解説している

 たしかに おかしく 滑稽 なの だ が、 いったい 何 を 笑っ て いる のか、 判然 と し ない。 いわば 自分 に はね返っ て くる 笑い、 引き つっ た 笑い なの だ。 笑っ て い ても、 なんだか すっきり し ない、 ちょっと 嫌 な 後味 が 残る 笑い だ。 ・・・笑っ ては み た ものの、 よく 考え て みる と 薄 気味 の わるく なる 笑い。・・・ 彼 は「 笑い」 によって、 せいぜい「 生き て いる ふり」 を し て みせ た の かも しれ ない。


 この古典の名作と呼ばれる作品たちの本当の価値はよくわからないが、とにかく楽しかった。これだけは伝えておきたい。
 この笑いの中に、笑えない何かがあり、たぶん、そこにゴー ゴリ が表現したかった何かがあるのだと思った。


2020 1/11
令和2年 12冊目
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