「悪」とは特別なものだと考えていたのだが、誰でもなってしまう存在なのであった。


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危機的状況になると、人間は自分本位になる。
先日、例の船で陰性になった人が住む駅の近くのマクドナルドで食事をしたことを人に話すと
「やばい、あの駅に近寄るとXXウイルスが感染する」とか言われた。その駅の周辺では閑古鳥が鳴いているとか・・・。

ふと、ナチスが頭に浮かんだ。
また、ハンナ・アーレントを読みたいと思った。

本書はアーレントの『全体主義の起原』と『エルサレムのアイヒマン』の解説書です。
アーレントが哲学畑出身ということもあり、少し難解ですが内容はとても良かったです。

「全体主義」とは何か?。
どのようにして起こったのか?。
「悪」とは何か?。
そういうテーマで書いています。

全体主義を遡っていくと「同一性」という言葉が出てくる。
帝国主義が発展していくと、この同一性が意識されてくる。

アフリカの植民地支配が進むと、黒人を認識した白人の中に様々な思想が出てきた。
優生思想、人種思想。これらは白人が黒人らと比べて優れた存在であるという歪んだ差別思想だが、こういう考えがドイツだけでなくフランスなどの各国でも存在していた。
ドレフュス事件のように、ユダヤ人差別と思われる理不尽な事件も発生している。
そこに民族主義が融合しファシズムが生じた。

彼らは、共通の「敵」を攻撃することで集団としての統合を強めようとした。
そこには、排除の論理がある。

ユダヤ人は、キリスト教徒が軽蔑する金融業により財をなし、政治の中枢に進出していた。
「ヴェニスの商人」などの例を使い、本書では説明されている。

ナチスのユダヤ人大量虐殺は、その延長戦上の出来事であった。
つまりは、ナチスは突出した存在ではなく。全体主義には、そういう思想が生まれる歴史的な背景が存在した。それが「全体主義」とは何かというアーレントの説明である。

その担い手は「大衆」である。
彼らが求めているのはシンブルでわかりやすい世界観だ
つまり、ストーリーだ。
ナチスは、ユダヤ人の世界征服の野望というデマを「大衆」に信じさせた。
そのデマを自分たちの夢に変化させた。
それはナチスによる世界征服という夢に転化された。

次に、アイヒマンというユダヤ人虐殺の実行犯を通して「悪」を考えていく
彼は無数のユダヤ人を大量虐殺した極悪犯人である。
だが、彼は罪悪感を1ミリも抱いてなかった。

極悪だからか?。
いや、そうではない。
彼は、ただ、自分は法を順守し自分のやるべき仕事を遂行しただけだと思っていた
人を殺して罪悪感がないとは、どういうことなのだろうか?。

ドイツはナチスに支配されていて、ドイツ国民はナチスを支持していた。
つまり、ナチスの決定は国民の総意であり、ナチスの決めた法は異常であれども
その国の法なのである。
だから、彼は何も自分は悪くないと思っている。


良心 の 呵責 など 封印 し、 ヒトラー という 法 に従って 粛々と 義務 を 果たし て き た だけ。 だから「 私 は ユダヤ 人 で あれ 非 ユダヤ 人 で あれ 一人 も 殺し ては い ない」 ので あり、 自分 が 追及 さ れる 理由 は「 ただ ユダヤ 人 の 絶滅 に『 協力 し 幇助 し た こと』 だけ」 だ と アイヒマン は 繰り返し 主張 し まし た。


そもそも自分のしでかしたことの意味も理解できていない。
「悪」とは、このようにして無感情のままになされることが多い。
自分の頭で物事を考えることなく、条件反射で行動している。
このことの恐ろしさがわかるだろうか?

ナチスにとって、ユダヤ人は「人間」という認識がなかった。
豚や牛を殺処分するくらいの感覚だった。
だから、罪悪感なんて感じない。ただ、言われたままの仕事を遂行しているだけだった。
それの何が悪いと
アイヒマンは思っているのだ。

これがアーレントが示した「悪」の正体であった。
「極悪」な何かがやったのではない。
アイヒマンは、ただ、法を順守しただけの普通の男だった。
これが「全体主義」の怖さだ。
その枠組みの中に入ってしまうと「大衆」は、いとも簡単に「悪」となりうる。

全体主義に対抗する方法として・・・
アーレントは「複数性」が大切だと主張している。
複数性とは客観性のことである。その事を複数の眼で判断していくこと。
本当にそれは正しいのか?。
色んな視線で確認すること。
それが「全体主義」に勝つことであると言っている。

アイヒマンに、この「複数性」があったならば、ユダヤ人のガス室送りがどれだけ理不尽で非人道的な絶対にやってはいけない犯罪なのか理解できたろう。
XXウイルスの被害で苦しんでいる人の住む町を名指しで「ヤバい町」などと決めつけるのも「複数性」が欠如しているからである。
ジョン・レノンがイマジンの中で言っているじゃないか。
「想像してご覧」と。
他人の気持ちを想像できる「複数性」があれば、大量虐殺とかできるわけないのですよ。
「やばい町」なんて言えないのですよ。

この本は、アーレントの思想がコンパクトにまとめてあり、とても良い本だと思う。
『エルサレムのアイヒマン』は読んでなかったので、私には衝撃的な内容だった。



2020 3/5
令和2年38冊目