16歳の少年の恋の切なさ、弱さ、我儘が荒々しく積み上げられているような作品だった。


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16歳の少年と19歳の軍人の人妻の不倫を描いた作品。
20歳で早世したラディケの若々しい文体が、ぐっと迫ってくる秀作でした。

恋というのは、罪なものだなぁと思う。
年が若いせいか、それとも元来そういう性格なのかどうかはわからんが、まったく軍人の夫に対する罪悪感というものがない。

自分勝手で、無軌道で刹那的な恋。
19歳の人妻の少女の方がブレーキとなるべきなのに、逆に、彼の魅力に翻弄されて、まるで人形のように従属的なのだった。

世界大戦の真っただ中、夫は従軍中である。
そんな新婚の部屋に、少年は当然のごとく通う。
家主夫婦や、下の元議員夫婦にも関係がバレても気にしない。
というか、この議員は馬鹿である。
階下でパーティをし、人を集めて上の階の二人の秘め事を盗み聞きしようとするのだが、それが事前に露見して彼と彼女は音を出さない。人々が帰ったとたんに、Hをやりだすという何と申しますか、寸劇のような展開。

恋の駆け引きも何もあったもんじゃなく、少年の心は猫の眼のようにコロコロ変化するのです。
情熱的な恋の人であったかと思うと、無責任な子供になり、母親を慕う息子のようになったり、暴君のようにもなるのです。
20歳で死んだ作者だからこそ、実体験をベースにしている不倫小説だからこそ、そこにリアルな少年の心を閉じ込めることができたのかと思います。

恋する想いについて、こんな素敵な言葉がある。

  ひとつ の こと を 考え、 同じ もの ばかり 頭 に 描き、 それ だけを 熱烈 に 望ん で いる と、 その 欲望 の 罪深 さが 見え なく なる。

まさしく恋は盲目なのですよ。不倫が罪であるということも見えなくなってしまう。どころか、彼なんか戦争で死んでしまえばいいとか、本当に彼女に愛されているのは、君ではなく僕だよと伝えたいとか少年は独善的なのです。

この言葉も好きです。

 体 の 触れあい を 愛 の くれる お釣り くらいにしか 思わ ない 人 も いる が、 むしろ それ は、 情熱 だけが 使いこなせる 愛 の もっとも 貴重 な 貨幣 なの だ。

.16歳の少年の吐く言葉には思えない。

この気持ちよくわかります。恋愛の初期には、やりがちです・・・。


  両親 の 待つ 自宅 に 着く と、 僕 は マルト を ひとり で 帰ら せ たく なくなり、 彼女 の 家 まで 送っ て いっ た。 こんな 子供 っぽい こと が いつ までも 続き そう だっ た。

恋人の家と自分の家を行ったり来たりして、気がつくと朝方になっていて、新聞配達のおじさんに挨拶されて気まずい思いをしたりします。


子供 の 野蛮 さが、 肌 に 恋人 の 名 を 刺青 する 古い 感覚 を 甦ら せ た の だ。 マルト は こう いっ た。 「いい わ、 嚙 んで ちょうだい。 わたし に しるし を つけ て。 みんな に 知らせ たい の」

彼女の方が彼よりものめりこんでいる。不倫なのに罪悪感がまったくない。
軍人の夫と会うことも、彼にお伺いをするのです。


だが、 愛 とは 二人 の エゴイズム に ほかなら ない し、 自分 たち の ため に すべて を 犠牲 に し、 噓 で 生き て いく もの なの だ。 僕 は さらに 同じ 悪魔 に そそのかさ れ て、 マルト が 夫 の 帰宅 予定 を 隠し て い た こと を 責め た。

どんな権利があり、彼女を責めるのか。もはや、自分の立ち位置すらもわからない。これが恋なのです。彼女は自分のものであり、夫を勝手にオブジェか何かにしてしまうのです。


  愛 より 人 を 没頭 さ せる もの は ない。 怠惰 なのでは ない。 愛する 者 は、 恋愛 の ほか に 何 も し ない だけ だ。 愛 は 漠然と、 仕事 だけが 自分 から 人 の 気 を そらさ せる と 感じ て いる。 それ ゆえ、 仕事 を 自分 の ライバル と 見なし、 ライバル の 存在 を 許さ ない。 だが、 愛 という 怠惰 は 恵み 深い もの だ。 大地 を 豊か に する 柔らかい 雨 の よう な もの なの だ。

もう、何も見えていない。愛さえあればいいと思っている。
田舎で二人で暮らしたいとか二人は夢想するのです。
彼は16歳であり、両親の保護下にあるということも忘れている。

マルトは、やがて少年の子を妊娠する。

「ジャック と 幸福 に なる より、 あなた と 不幸 に なる ほう が いい」 と つぶやい た。   こうして 口 に 出す のも 恥ずかしい、 なん の 意味 も ない 言葉 だ が、 愛する 者 の 口 から 出れ ば 酔わ さ れ て しまう。

16歳の少年との恋に未来などないとわかっていても、このセリフが出てしまう。
これを言われた方は最高の幸福なのである。

こんなマルトに恋に焦がれる少年ですが・・・
妊娠中、田舎に行っている留守に、彼女の親友の外国人少女をマルトの新婚部屋に連れ込み
お酒を飲ませてHなことをするのです。
彼女のベットでするから興奮するという最低男です。
このことがバレます。家主が帰省先の彼女に手紙を書き
君の部屋が彼氏によって連れ込みホテルにされていると知らされますが
彼は、破廉恥な嘘でごまかす、彼女も信じてしまうのです。

私は、この浮気のシーンが何だか好きです。
少年は、妊婦の恋人よりも、一瞬、美しい外国人の少女に惹かれるのです。
これが若さというものでしょう。
倫理観も何もなく、本能のままに突進する。
平気で嘘をつく。ごまかす。マルトを手放すつもりは毛頭ないのです。

愛するマルトが子を産んですぐに死んでしまう。


マルト!   死 の あと には 何 も ない こと を 願っ て いる のに、 僕 の 嫉妬 は 墓 の なか まで きみ を 追いかけ て いる。 自分 の い ない パーティ で 愛する 人 が 大勢 の とり 巻き に 囲ま れ て いる のが 耐えがたい のと 同じ こと だ。 僕 の 心 は まだ 未来 の こと なんか 考え ない 年齢 だっ た。 そう だ、 僕 が マルト の ため に 望ん で い た のは すべて を 消し て くれる 無 だ。 いつ の 日 か また 一緒 に なれる もう ひとつ の 世界 なんか じゃ ない。

このラストシーンは切なすぎた。
大切な人を失った絶望は、世界の終わりと同じ意味。
音も臭いも感情も言葉も、すべて無になる。
そんな君に安直な慰めは必要ない。
好きなだけ絶望するが良い。
・・・と、この少年に言いたくなるような作品でした。

2020 3/18
令和2年 47冊目
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肉体の悪魔 (光文社古典新訳文庫)
ラディゲ
光文社
2013-12-20