怖いもの見たさで、そっと覗くと、その邪悪から目を離せなくなった。



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悪は激しい引力でもって、人を引き付ける。
嫌悪感をもって読んでいたはずなのに、どんどん物語に引き込まれていった。
筆力も構成もモチーフも素晴らしく、我孫子武丸氏の作品群の中でも最高傑作と思える。

冒頭、首の折れた女を男がレイプしているシーンから始まる。
中年の女に見つかり脅そうとする。
そのまま女の家に連れていかれる。

そこには大家族が住んでいて、そいつらは女に支配されていた。

第一印象の描写が興味深い。

ふと気づくと、全員が、子供も含めて、俺の顔をじっと見ていた。
目の前の男は、女を犯し、殺すようなやつなのだと知って恐れているのかと思いきや、そういう視線とも違うようだった。もっと無感情な、得体の知れない粘つくような視線だ。

ハルオ(殺人者)は女に証拠を握られた。脅された。家族にならねば警察に話すしかないという。
彼は仕方なく家族になることにした。

その儀式が変態的だ。

今からお前はあたしたち全員のおしっこを飲み干すんだよ。分かったね
・・・俺は全員に小便をかけられ、そのほとんどを飲み干した。男だけでなく、女も老人も、子供も、愛香でさえ、恥じらう様子なくパンツを脱ぎ・・・
このハルオの視点で、この異常な家族の様子が語られる。
彼らは、この女に精神も肉体も支配されていた。
ハルオが愛香を抱きたいと思うと、家族会議で議決され承認されると
ビデオが回されて行為の一部始終が録画され、女主人によって確認される。その声もボリュームを上げられて家族みんなに聞こえるようにされるのだった。
上納金のような金を月額300万おさめる必要があり、稼ぎが少ないと罰を与えられる。鞭でぶたれるシーンがあるが、お尻の皮がめくれて立ち上がれぬくらいに責められる。

精神攻撃と暴力によって、彼らは女に支配されているのだ。

愛香の同級生の男が、彼女の現状を知り助けようとして
そこで妊娠している愛香と遭遇する。ハルオとトラブルになり、ハルオは階段でこけて死んでしまう。
愛香も腹を痛打し救急車で運ばれる。子供は流れてしまった。

この後、この同級生が別人となり、この家に侵入し彼女を救うという話しなのだが
その痛快なトリックについては、この物語のおもしろポイントなので、わざと書きません。

その解放されて、見つかったビデオの中から
死んだハルオが、その後、どうなったのかがわかるので、そこを紹介します。

分かっていると思うけどね、あたしが命令したわけじゃないよ・・・、あんたたちみんなで、みんなで平等に処分しなきゃダメだよって、そう言っただけなんだ。あたしは一言だって言っちゃいないよ。ハルオを食えだなんて
そうです。階段から落ちて死んだハルオは、愛香が救急車で運ばれた後に、解体され鍋で煮て家族全員で食べたのでした。


人間は、洗脳されると思考停止になる。
平気で犯罪を犯す。こんなのおかしいと思うこともなく、ただ、やれと言われたらやる。
それが殺人であっても、恐怖で洗脳された人間はやってしまう。
実は、歴史がそれを物語っている。
数々の虐殺事件には、それに近い心理状態があったのだ。
この物語のように、家族として生きていた人間を食うということまでしてしまうのだ。
それは1つの象徴であるのだが、そこには人間の精神がいかに泥弱であるかという証しのようなものに思える。
全体が作り出す同調圧力は時に、暴力をも容認する。
忘れてはならない。
全体主義国家がユダヤ人に何をしたのか。
オウム真理教の人たちが地下鉄で何をしたのか。
人は、弱く流されやすく、平気で極悪な行為をする。
思考停止という状態は、もはや死に至る病と言えるだろう。
洗脳は邪悪なり。





2020 6/3
令和2年91冊目
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修羅の家
我孫子 武丸
講談社
2020-04-15